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2008年2月29日 (金)

島原鉄道撮影記・初日

 諫早から島原半島東側を半周して加津佐までを結ぶ島原鉄道のうち、南側のいわゆる南目線、加津佐鉄道として開業した区間の島原外港から加津佐までが今年の3月31日をもって廃線となることが決定してしまい、以前からなくなる前には行って行こうと思っていたところに、2月5~8日に101レの南島原~加津佐間、折り返しの200レの加津佐~南島原間が団体乗車のためキハ20に置き換わるという悪魔の電話を受領してしまったので、2月7・8日と緊急出動してきました。

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2008.2.7 島原鉄道深江~布津新田間 101レ

 101レは深江を7時21分発ですが、この時期の九州地方ではまだまだ日の出時刻近辺で暗く、狙いの普賢岳バックはデジタルで撮影。旧島鉄急行色のキハ2006とキハ2003の2両編成でやってきてくれたのはラッキーでした。

 以降、この時期ではめずらしく晴天に恵まれたので、キハ20の定期運用を含めてポジで撮影しました。

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2008.2.7 島原鉄道島鉄湯江~大三東間 131レ

 現在、キハ20の定期運用は南島原から北側の諫早までのいわゆる北目線区間のみで、朝は102レ~107レ、105レの3本、夕方は126レ~131レ、138レの3本となっていて、今回は朝の3本は南目線にキハ20が入線したのでパスして、夕方の3本を撮影しました。天気が良かったのでポジメインで撮影して、デジタルでは131レ2発目のこのカットから。

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2007.2.7 島原鉄道島原~三会間 138レ

 5月の日の長い時期では撮影できる列車も、この時期では流石に真っ暗。どうしても普賢岳バックの写真が撮りたくてここを選びましたが、データー上でその姿が写り込んではいるものの、単純にJPG変換しただけではつぶれてしまうようで・・・。今後の課題ですね。

 普賢岳災害では水無川の方が壊滅的な被害を受けて、そちらの方の印象が強いですが、この申尾川にかかる橋梁も火砕流の被害を受け、前後を築堤で高さを嵩上げした上で架け替えられています。オープンデッキタイプなのが三会側の1両分のみで、後ろが橋梁に車体半分が隠れてしまうのが残念です。この写真では判りませんが。

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2008.2.7 島原鉄道阿母崎~吾妻間 138レ

 夜間流し撮りでは、列車に光が当たるもの以外ではなるべく街灯類を入れたくないのですが、前照灯の直射を喰らわないためにサイド気味で、そのバックに街灯が入らず、かつ島原以北というと場所がかなり限られます。さらに追っかけて確実に抜いた先となるとさらに・・・。ここはあまり条件が良いとは言えませんが、国道脇でありながら建物で国道が隠れます。ただし、手前側に電線と電柱があるのですが、この条件なら目立つほど写り込まないので良しとしています。実はこの写真、前面に思いっきり電柱が被っているのですが、流し撮りの効果で消えちゃっています。よ~~っく見ると判りますが、言わなければ気がつきませんよね。

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2007.2.7 島原鉄道本諫早駅(駅留置線)

 138レは諫早到着後、回送で本諫早に送られてこの留置線に停泊、翌日、諫早に回送されて105レに充当されます。これまでの写真では判りにくいですが、夕方の126レ~131レと138レは編成が別になります。この日は、126レ~131レが←島原 キハ2008(国鉄首都圏色)+キハ2013(国鉄一般色渡り板グレー塗り) 諫早→、138レは←島原 キハ2018(島原鉄道色)+キハ2016(国鉄一般色) 諫早→でした。街灯からのゴーストがどうしても切りきれませんでした・・・。

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